Department of Materials Science & Engineering

 

東京工業大学大学院総合理工学研究科 材料物理科学専攻

 

伊藤・谷山研究室

 

 酸化物の新機能探索と情報スピン物理工学

超環境物質合成講座

http://www.msl.titech.ac.jp/~itohlab/

 伊藤 満 教授


谷山智康 講師

 

酸化物の新機能探索
 酸化物は世の中に存在する物質の中で最もダイナミックレンジの広い物性を示すことが知られている。この興味深い特性を何かの応用可能な機能として意識して探索していくためには、化学結合を意識した材質設計が求められる。元素置換を手段とした古典的手法では桁はずれな挙動を示す新物質開発はもはや望めない。
 本研究室では、桁はずれな挙動を示す新規物質を1)量子効果 2)遷移金属のスピン軌道状態 3)新規構造 に着目して探索しており、機能の種類にこだわらず、物質科学の新しい流れをつくるべく研究を進めている。以下に具体的なテーマの内容を記す。

量子常誘電体/量子強誘電体
 展型的な強誘電体はすでに多くの物質が実用化されている。しかし、量子ゆらぎが支配的となる極低温域での誘電体の理解はほとんど進んでいなかった。我々のグループが10年前に発見した量子常誘電体の物質群は現在に到っては約30まで拡がり、その物質群そのものの興味ばかりでなく、応用研究にも関心が集まっている。古典的強誘電体の誘電性が双極子相互作用 vs. 温度の図式で表わされるなら量子常誘電体/強誘電体は双極子相互作用 vs. 量子ゆらぎ(ゼロ点振動)で理解され、この拮抗点では常識を超えたカタストロフィックな大きな応答を示す。3年前我々のグループでは、量子ゆらぎを酸素同位体で抑制できることを見出した。現在はこの量子ゆらぎ抑制による新しいタイプの強誘電体に対して日本、および海外の10研究グループが協同して研究を進めている。また、量子常誘電体に関しては光誘起相転移の協同研究が進行中である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1.ペロブスカイト型酸化物における量子常誘電性(青)量子強誘電性(赤)。

量子ゆらぎの抑制で強誘電性が顔を出す。

 

 

 

遷移金属酸化物のスピン・電荷制御
 遷移金属酸化物の物性はその電子状態に依存し、全ての各遷移金属元素に固有な極めて特異な物性を示すことが知られている。いわゆる'強相関系'が示すバラエティーに富んだ物性は現在の固体物理の中心分野となっている。遷移金属の電子状態は、その構成元素が作り出す結晶場によって大きく変化し、結晶場の制御はまさに固体物性制御の中心的課題となっている。このように可変パラメータが多い体系で物質設計を行なうには常に全体系(電子構造と結晶構造)を見わたしながら個々の化合物の研究の位置付けを行ないながら研究を設定する必要がある。我々はこのような戦略にもとづいて個々の化合物を設計している。このような方針で見つけ出された化合物群は多彩かつ多数で、その物性は強磁性、反強磁性、電子伝導性、イオン伝導体、および絶縁体等、多岐にわたる。したがって我々の報告する物質群には世界の研究者が注目している。例えばコバルトを含む酸化物では従来、特殊な構造を作らない限り電荷整列が起こらないと考えられてきたが、我々は最近コバルト酸化物のスピン転移に誘起される電荷整列・金属/絶縁体転移を世界で初めて見出している。
 既成概念にとらわれず斬新なアイデアで物質設計を行ない、物性評価を通してフィードバックしながら、必要とされる機能あるいはいずれは役に立つ機能を備えた酸化物の設計指針を確立したい。


図2.コバルト酸化物のスピン転移とMI転移

酸化物構造設計
  環境問題は、人類が英知を結集して21世紀に克服すべき大問題のひとつである。これまでは性能と引き換えに、毒性には目をつぶってきた酸化物の構成元素についても、使用量の増加に伴って、使用制限あるいは禁止の方向に向かわざるをえない。このような状況で、これまでの性能をそこなわず、新規な構造で、毒性元素を含む化合物を置き換える必要がある。無機固体化学の真骨頂はまさにここにあり、われわれは、このような構造設計にも取り組んでゆく。

ナノスケール磁性と情報スピン物理工学
 磁性体をマイクロメートル,ナノメートルと微細化してゆくと,磁性体のサイズと磁気相互作用の及ぶ長さスケールとが同程度となり、バルクの状態とは全く異なる新奇物理現象が発現する.このような新奇物理現象の起源を解き明かそうとする学問領域はナノ磁性体物理と呼ばれ、近年精力的に研究が進められている。一方,磁性体のこのような特性を逆に利用して,磁性体の原子スピンや電子スピンを操作し,さらに新しい機能性を創造しようとする分野が,現在,21世紀のエレクトロニクスとして注目を集めているスピンエレクトロニクススピンテクノロジーである.この夢の世界を実現するための鍵となる技術,それが「スピン注入」「スピン検出」そして「スピン操作」である.
 本研究室では,これらの主要要素技術を実現する上で必要不可欠な磁気物理現象の解明と,さらには新物質の探索を通して,スピンテクノロジーのブレークスルーとなる新しい概念の創出を目指して,基礎研究を推進している.以下にいくつかの研究例を示す.  

強磁性体における磁区構造デザインとスピン伝導
 強磁性体は,一般に,磁気モーメントの方向が揃ったマイクロメートルからサブマイクロメートル程度の多数の微小な領域(磁区と呼ばれる)に分割されている.この微小構造を磁区構造と呼ぶ.通常,バルクの状態では,この磁区構造は非常に複雑であり,制御することは極めて困難であるが,我々は磁性体を微小な様々な幾何学的形状に微細加工することで,磁区構造を人工的に制御する手法を提案してきた.そして,この巧妙な手法を磁区構造と電気伝導との相関を解明する基礎的研究に展開してきた.我々の提案した人工的な磁区構造の制御により,これまで系統的に調べることができなかった磁壁(磁区と磁区の境界領域)による電気抵抗などの起源も明らかになりつつある.

相転移の協同研究が進行中である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図3.ジグザグ形状細線を用いた磁区構造制御。明暗のコントラストが磁壁に対応する。

 

 

近藤物質へのスピン注入と人工的操作
 近藤効果の発見以来,物性物理の広大な研究領域が構築された.その中で我々は,最近,近藤効果の特性を利用して「スピン検出」する手法を提案した.具体的には,強磁性細線と近藤物質細線との接合デバイスを作製し,強磁性細線から近藤物質にスピン偏極電子を注入(スピン注入)すると,近藤効果が抑制されることを電気的に計測することに初めて成功した.これをさらに展開し、図4に示す非局所電極配置を用いることで、近藤状態へのスピン偏極電子の影響を調べ、スピン注入により近藤状態を人工的に操作するための研究を現在進めている。

 

 

 

 

 

 

 

図4.強磁性体/近藤物質細線接合デバイス。

近藤状態へのスピン注入に用いられる。

 

磁性体/半導体ハイブリッド構造とスピンプローブ
 20世紀の半導体テクノロジーは,電子の電荷を注入,制御,検出することで多彩な機能性を創出し,華々しい成功を修めた.一方,21世紀に入り,新たに電子のスピンを注入,制御,検出するデバイスの提案がなされ始めている.例えば,スピントランジスタ(スピンFET)などがそれにあたる.我々はこれらの新奇デバイスを実現するために,半導体と磁性体とのハイブリッド構造を作製し,電子のスピンを検出する手法の確立を目指して基礎研究を推進している.具体的には,半導体中に円偏光励起の手法を用いてスピン偏極した電子を励起し,それを微細加工したナノ細線で検出する手法を提案している.このスピン検出法を実現するためには,半導体から磁性体へスピン選択的に電子を透過させる必要があり,それを高効率に実現すべく多角的に研究を進めている.フェムト秒レーザーを用いたダイナミックな伝導現象の解明にも取り組み始めている.

図5.磁性ナノ構造スピンプロープの概念図

 

図6.時間分解スピン励起装置